Vol.8 大籠千春さん
（宝島染工）POST:22.03.04.Fri
時計の針も歩みを止めそうな、のどかな空気が流れる福岡県三潴郡。その田園風景の一画に『宝島染工』はあります。外から風が吹きこむと、何十枚と吊るされた藍色の布地がゆらり。そんな涼やかな色の波の向こうに、仕事にいそしむ大籠千春さんを見つけました。 
◇育てるように、染め直していく
大籠さんが2001年に立ち上げた『宝島染工』は、天然染料・伝統技法・手染めという昔ながらのスタイルを守る小さな染め工場。アパレルメーカーから依頼された商品の染付──いわゆるOEM業務のかたわら、2013年からはオリジナル商品の企画・販売も行っています。大籠さんが着る服も同社のオリジナルで、ゆったりとし、それでいて羽織ると綺麗なラインが出るエイジレス＆ジェンダーレスな一着。そして、その柔らかなシルエットを引き立てるのが、洗うたびに美しくなると言われる藍の色です。
「何世紀もの間、藍ほど人々に愛されてきた色はありません。染めていてストレスを感じない色で、私も大好きです」と微笑む大籠さん。
しかも藍は繰り返し染め直せる染料なので、大事にすればその服とは何十年も付き合えます。「革靴などと同じように、歳をとるにつれ服が自分の体にフィットしたり、良い感じにくたびれてきたり。そうした変化を長く楽しめるのも藍染の良さだと思いますよ。」
一般の顧客向けに「染め直し体験」のワークショップを開催しているのも、藍染と暮らす楽しさをもっと知ってほしいという気持ちの表れなのでしょう。
◇天然素材の心地よさ
6世紀の伝来とされる藍染は江戸期の徳島で発展し、その技術はいま海外でも高く評価されているとか。日々手仕事の温もり漂う商品を送りだす大籠さんも、この伝統を担う一人。数社のアパレルで経験を積んだのち、仕事を介して知り合った支援者の勧めを受けて、30歳のとき『宝島染工』を起業しています。天然染料・天然繊維にこだわることは、最初から決めていたそうです。
「私は化学繊維を否定していませんし、アウターなどではよく着ています。でもシャツのように肌に近い衣類は、やっぱり天然のものが良いですね。ポリエステルより重いけど、綿を着るとなんだか落ち着くし、良い素材は肌がイライラしません。そういう心地よさって、結構大事なことじゃないかな？」
動くと生地がフワリと揺れる、大籠さんの服もすごく着心地良さそう。「コロナ禍以降は、前よりもギャザーの多いゆとりあるデザインが増えました。こんなに息の詰まる時代には、ボディコンシャスよりこういう服の方が気持ちが上がりますから」。そして近くの商品を指し、茶目っ気たっぷりに付け加えました。「このワンピースなんて、着たら絶対クルッと回りたくなりますよ（笑）」
服は人々の気分を切り替え、人生さえ明るくするもの。大籠さんが服を買うときも、自身のファッション性や生活にマッチするかを基準に選ぶと言います。 
◇次世代に伝統を託すために
『宝島染工』の商品は、美しく滲むような柄をまとった服が目立ちます。伝統柄をベースにしたものと、それをより斬新にアレンジしたものの二方向で展開中。そのデザインを決める際は、必ずスタッフの意見や視点を取り入れていくそうです。
「基本的に、私の判断や感情を優先して完成させることはないですね。うちで作るのは"作品"ではなく、あくまで"商品"なんです。お客様に喜んで買っていただける商品を、常に市場に流通させておくこと。それが今の私の役目だと、最近思うようになりました」
大籠さんがそう自覚し、こだわるのには理由があります。高齢化で作り手の数が減る昨今、藍染という伝統を次の世代に託し、彼らが生活できる環境を整えるには、"売れる"状況──すなわちマーケットを確立することが不可欠だからです。
「それに自分も昔、就職先が少なくかなり苦労しました。だからこうして若い子が働ける場を用意してあげるのも、私の役割の一つなのでしょう。」
その言葉どおり、工房では20代を主体とした若いスタッフたちが溌剌と働いていました。彼ら・彼女らに知識を授け、ときには力を借りながら、今日も『宝島染工』は力強く刻を染めています。
先人の技を守り、自己満足にとらわれず、未来のために藍染を成長させようと奮闘する大籠さん。穀然と自身の考えを述べる姿には大人の成熟を、時折見せる少女の眼差しには若々しい情熱を感じさせる、人間的魅力の大きな女性でした。
日本のモノづくりを後世に繋ぐカギは、こんなしなやかな感性の作り手が握っているのかもしれません。そして私たち＜SLOW FACTORY＞もまた、同じ未来を目指す仲間でありたいと願っています。