◆大正9年 [地下足袋第1号]
◆大正14年 [紐付きスニーカー]



業界人初の褒賞





倉田雲平、たび製造及びその研究に尽くした功績により、勅定緑綬褒賞を授与される
  創業者の倉田雲平は、多年産業発展に尽くした功労により、たび業者として初の勅定緑綬褒章を受けました。雲平は、通勤途中の狭い路地裏でこの吉報を聞いたとき、感激のあまり、しばらくは声も出なかったといいます。常に粗衣をまとっていた雲平は、洋服などに腕をとおしたことはなく、この光栄ある受賞のために、はじめてフロックコートを新調しました。


九州最初の飛行大会を久留米で開催し、宣伝に利用
つちやたび宣伝飛行大会
民間航空界の第一人者坂本寿一氏を招いて、九州最初の飛行大会を久留米練兵場において開催しました。



◇第一次世界大戦始まる
つちやたび合名会社〜足袋王逝去す


「つちやたび合名会社」を設立
東京市京橋区長崎町に東京支店を開設
初代倉田雲平死去(六七才)
倉田金蔵、雲平を襲名し、二代社長に就任





◇ロシア10月革命
ゴム底地下足袋の開発


倉田泰蔵、三代社長に就任


取引先のシンガーミシンの支配人が持参したアメリカ製キャンバスシューズを見て、布とゴム底がゴムのりで貼りつけられることを知り、地下足袋の研究を開始

布靴の研究に着手






貼り付け式地下タビの試作に成功、生産開始
東京上野公園における平和記念大博覧会で、不忍池畔に大水晶塔建設


◇第一次大戦後の反動恐慌起こる






関東大震災で東京支店と30万足余の製品を焼失


◇関東大震災
ゴム製品の製造


 


◇国内で布靴の製造始まる




運動靴(布靴紐付き)、ゴム長靴製造を開始

輸出用先丸地下足袋製造開始