◆明治27年 [ドイツ製ミシン]
◆明治44年 [つちやたびといろはたび]



つちやたび店〜はじめての店

創業者初代倉田雲平、久留米市米屋町に家賃六五銭の小さな店を借り、「つちやたび店」と名付け、座敷たび造りを始める



◇徴兵令発布
◇横浜に生糸改会社開業
◇郵便はがき発売
西南の役の大量注文


雲平、西南の役に際し、軍用被服(たび二万足、ズボン下一万枚他)を請負う。初めて大量生産に成功

南下する官軍への軍需品供給を行うが失敗して無一文に
足袋製造に専念、一足の足袋を夫婦で分業し仕立てる。分業による製法の研究を開始



◇西南の役起こる
量産への道




業界初の試みのミシンを採用(ドイツ製青貝印ミシン)。
家内工業から工場生産への第一歩を記す。


◇日清戦争始まる

◆手回し式機械裁断機を採用

◇金本位制確立


◆店内に従業員養成所を設け、精品主義を徹底
◆政府より「素足は禁物」の注意が発表、
 たびの需要が急増する


◇東京・大阪間に長距離電話開通
◇広島地方にペストが流行



◆この頃、箱車で各地に行商



◆雲平、倉田式織底機を発明



◇日本海戦
家内工業から近代工業へ


白山工場に原料織布工場、染色・漂白工場を建設、工場動力として蒸気力を利用。原料から製品までの一貫作業を行い、品質の向上と統一を図る


◇日本で初めてゴム靴が試作される
 (長靴)


◆大阪市東区に支店を開設
◆第二回産業博覧会 名誉賞金牌受賞





ミシン、裁断機にも動力を利用開始
いろはたび(普及品)製造開始


◇日米通商航海条約調印
◇工場法公布




自動車を購入(¥3,800)以後、九州一円の宣伝に利用。


◇清国、中華民国と改称